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酒の売却に込める禁酒の決断

男はすっかり酒浸りの生活を送っていた。

仕事を終えて帰宅すると、自宅の酒棚を眺めて「今日は何を飲もうか」と考えるのを楽しみとしている。

ネットや本で酒について勉強する時間も増えた。そのお蔭で依然と比べて様々な酒の種類や銘柄の名前、特徴などに詳しくなっていた。

そうして、男がいつものように酒を楽しみながらネットで酒について勉強していると、偶然、酒買取サイトに巡り合った。彼は今も貴重な酒のいくらかを抱えており、興味本位で開いたのだ。

相変わらずジャパニーズウイスキーの高騰は続いているらしい。せっかくなので自分が持っている物についても調べてみよう。

「前よりも更に上がっている……凄いなこれは」

男は以前見た金額よりも更に上昇していることに驚きを隠せない。希少な酒の中には既に開封してしまった分もあるが、未開封のまま取っている分もいくらか残っていた。

「あの時は禁酒する為に調べていたんだったな」

男はその時のことを思い出す。酒を飲み過ぎたことで大きな失敗をしてしまい、禁酒する為に手持ちの酒を売ろうと考えていたのだ。結局は高騰している希少な酒達の誘惑に負けて、禁酒は断念、そして今では以前にも増して酒を飲む日々となってしまっていた。

「今、こうして見たのも何かの縁なのかも知れない……」

そんな風に考えた男は、酒棚に目をやって熟考する。

今度こそ手持ちの酒を全て売ってしまい、禁酒しようか。いや、せっかくこれだけ集めて、色々と勉強もしたのに。高いものだけ売って、気楽に嗜んでも良いのではないか。

しかし、貴重な酒となると、やはり飲みたくなってしまうのが人情。ならば、売ること自体が間違いではなかろうか。

彼は同じような思索を入り組んだ迷路のようにグルグルと繰り返す。このままでは答えが出ようはずもなかった。やがてはなし崩し的に再び酒を受容することだろう。

しかし、彼の中には以前の失敗への悔恨が今も残されていた。今の自分は既に酒にのめり込み過ぎている。これではいつあの時と同様の失敗をしてしまうか分かったものではない。

「……今度こそ、売ることにしよう」

男は遂に手持ちの酒の売却と禁酒の決断をした。決意が鈍らぬ内にちょうど見ていたSAKEURYという酒買取サイトを利用することにした。翌日には自宅まで買取査定に来てくれるようだった。

「何か酒以外の趣味を見つけることにするか」
そう呟いた男の顔はどこか晴れ晴れとして見えた。

禁酒の夢破れた男を魅了する酒の正体

男は自らの失敗により一度は禁酒を試みたが、いざ良い酒を前にしてはその思いも儚く崩れ去り、今ではむしろ以前よりもその熱は増していると言えた。最近はジャパニーズウイスキー以外にも手を出し始めていた。

「うーむ、流石はジャパニーズの源流となっただけあって、スコッチは俺に良く合うな」

代表的なスコッチウイスキーを目前に並べて、一つ一つ味わっていく。ウイスキーは単一の蒸留所にて大麦麦芽(モルト)のみで造った『シングルモルト』と、複数のシングルモルトに穀物(グレーン)も混ぜ合わせて造った『ブレンデッド』に大別できる。

シングルモルトは蒸留所の個性が強く表れており、ブレンデッドは調和の取れた味わいが特徴と言える。

その中でもスコッチが持つ大きな特徴と言えるのが、泥炭(ピート)だ。麦芽を乾かす際に泥炭を燃やして燻すことで、その煙の匂いがウイスキーに反映され、スモーキーなどと呼称される味わいや香りとなる。

特にスコッチにはシングルモルトの中でも更に個性的な味が揃った、アイラウイスキーと呼ばれるものがある。スコットランド南西にあるアイラ島、そこに存在する八つの蒸留所で造られたウイスキーを指す言葉だ。

海藻や薬のような強烈な匂いや味わいが特徴だが、にもかかわらず世界中のウイスキーファンを惹きつける。
それは男に対しても同様だった。彼は気が付けばアイラウイスキーを好んで飲むようになっていた。

「初めこそ何だこれはと思ったが、今じゃむしろこの癖が心地良いな」

ただ、男は食事時の一杯としてはジャパニーズを飲むことが多かった。ジャパニーズはスコッチから大きな影響を受けていながらも、泥炭を用いない蒸留所も多い。

その理由としては、日本人らしい淡麗で清水のような味わいを目指している為であろう。それゆえ、どんな食事にも合わせやすいというわけだ。

そのように男はウイスキーに関してはかなり詳しくなってきており、更にはワインにまで手を出そうとしていた。

「ワインは赤白ともに品種の種類だけでも膨大だな……まずは基本的なところから覚えていきたいところだが」

男は複数の品種を混ぜ合わせたものではなく、単一の品種を用いたワインを買い揃えた。

赤ワインの品種はカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、ピノ・ノワールなどが、白ワインの品種はシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランなどが並んでいる。

ワイン生産の歴史が新しいチリやアメリカ、日本といった国は『新世界』と呼称し、昔からのフランスやイタリアなどは『旧世界』と呼称する。

新世界で造られたワインには単一品種のものが多く、値段も比較的安い。その為、それぞれの品種の味や香りを覚えていくにはちょうど良かった。

「さてさて、飲み比べをしていくとしようか」

このようにして、男は酒の更なる深みへと嵌まっていこうとしていた。

酒に溺れた男の儚い夢

男は棚に並んだ複数の酒を前にして、「むむむ」と唸り声を上げていた。

「やはり禁酒の為にはこれをなくすしかない……」

彼は至って普通のサラリーマンだ。40代も後半に迫る年頃。キャリアは順調に積んできている。

そんな彼だが、昔から無類の酒好きとしてやってきた。こうして自宅の棚には様々な酒を並べる程だ。特にジャパニーズウイスキーを好んで購入しており、未開封のまま大切に保存しておいた物もいくつもある。

しかし、つい先日のことだ。前日に酒を飲み過ぎてしまったせいで二日酔いが酷く、仕事でも大きな失敗をしてしまい、多くの人に迷惑を掛けた。
それは彼に禁酒を決意させた。流石にこの年になって酒で失敗することは、それがどれだけ好きなものであろうと、耐えられなかった。
となると、彼の禁酒の障害となるのは自宅の棚に並んだ酒達だった、というのが現状だ。

「流石に捨てるのは勿体ないし、これらを作った人達にも申し訳ない。売れたりするのだろうか」

彼はネットで自分の持っている酒の金額をいくつか調べてみた。その多くは定価で販売されており、売るとなるとそれよりも遥かに安い金額となる。当然だ。

しかし、彼の所有するいくつかの酒は恐ろしい金額となっていた。

「ご、五万円……定価は確か二万円もしないくらいだった気がするのに」

彼が好んで集めていたジャパニーズウイスキーは、特に中国人の爆買いの影響によって、ここ数年で一気に高騰していた。物によっては定価の三倍や四倍だ。元値から高いものなどは驚くべき金額となっている。

ウイスキーはどうしても熟成に時間が掛かる。それゆえ、なくなったものが補充されるにはどうしても長い年月が必要となってしまうというわけだ。

「これも、これも、何倍もの金額になってる……そんなに貴重なのか……」

普通なら購入時よりも値段が高くなっていることに喜ぶべきなのだが、彼は無類の酒好きだ。その為、今手にしているその酒達の希少性に心を揺り動かされていた。

今や世の多くの人が手に入れることさえ困難な酒が、自分の手元にあって飲むことが出来る。それは途方もない優越感だった。

その為、彼が愛用のグラスを用意してきて、未開封だった酒を開けてしまうのも、もはや自明の理だと言えた。

「……ああ、何て芳醇な香りなんだ。実に素晴らしい。やっぱり禁酒までする必要はないな。こうして家で楽しむくらいは良いだろう、うんうん」

そうして、彼の禁酒の決意は儚くも崩れ去ったのだった。