酒に溺れた男の儚い夢

投稿者: | 2020年1月31日

男は棚に並んだ複数の酒を前にして、「むむむ」と唸り声を上げていた。

「やはり禁酒の為にはこれをなくすしかない……」

彼は至って普通のサラリーマンだ。40代も後半に迫る年頃。キャリアは順調に積んできている。

そんな彼だが、昔から無類の酒好きとしてやってきた。こうして自宅の棚には様々な酒を並べる程だ。特にジャパニーズウイスキーを好んで購入しており、未開封のまま大切に保存しておいた物もいくつもある。

しかし、つい先日のことだ。前日に酒を飲み過ぎてしまったせいで二日酔いが酷く、仕事でも大きな失敗をしてしまい、多くの人に迷惑を掛けた。
それは彼に禁酒を決意させた。流石にこの年になって酒で失敗することは、それがどれだけ好きなものであろうと、耐えられなかった。
となると、彼の禁酒の障害となるのは自宅の棚に並んだ酒達だった、というのが現状だ。

 

「流石に捨てるのは勿体ないし、これらを作った人達にも申し訳ない。売れたりするのだろうか」

彼はネットで自分の持っている酒の金額をいくつか調べてみた。その多くは定価で販売されており、売るとなるとそれよりも遥かに安い金額となる。当然だ。

しかし、彼の所有するいくつかの酒は恐ろしい金額となっていた。

「ご、五万円……定価は確か二万円もしないくらいだった気がするのに」

彼が好んで集めていたジャパニーズウイスキーは、特に中国人の爆買いの影響によって、ここ数年で一気に高騰していた。物によっては定価の三倍や四倍だ。元値から高いものなどは驚くべき金額となっている。

ウイスキーはどうしても熟成に時間が掛かる。それゆえ、なくなったものが補充されるにはどうしても長い年月が必要となってしまうというわけだ。

「これも、これも、何倍もの金額になってる……そんなに貴重なのか……」

普通なら購入時よりも値段が高くなっていることに喜ぶべきなのだが、彼は無類の酒好きだ。その為、今手にしているその酒達の希少性に心を揺り動かされていた。

今や世の多くの人が手に入れることさえ困難な酒が、自分の手元にあって飲むことが出来る。それは途方もない優越感だった。

その為、彼が愛用のグラスを用意してきて、未開封だった酒を開けてしまうのも、もはや自明の理だと言えた。

「……ああ、何て芳醇な香りなんだ。実に素晴らしい。やっぱり禁酒までする必要はないな。こうして家で楽しむくらいは良いだろう、うんうん」

そうして、彼の禁酒の決意は儚くも崩れ去ったのだった。